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施設レポート

第2回 中日青葉学園OB 松原静香さん(20代)

松原さん
Q.青葉学園での生活はいつからスタートしましたか?
父子家庭で、父はトラックの運転手をしており、ほとんど家にいなかったため、私たちの養育が困難になり、小学3年生の時に入所することになりました。私には、3つ下と7つ下の妹がいるのですが、最初は私と真ん中の妹が青葉学園、下の妹は乳児院と別々の施設に入りました。下の妹が3歳になってからは3人とも青葉学園のあおば館です。 2年前に父が他界し、今は私も真ん中の妹も卒園してますが、一番下はまだ青葉学園に居ます。

Q. 施設に入るという事についてどう思っていましたか?
「いやだ」という思いは多少あったと思います。「いやだ」というより不安かな。でも、青葉学園に入って友達が沢山出来て、楽しかったですね。それに、掃除とか洗濯とか、施設に入ってから、自分で出来るようになったことも増えましたし。ただ、友達に話すのはどうしようかなと思うことがありました。 小学校は青葉学園と交流があり、生徒達が青葉学園を知っていたので、抵抗はなかったのですが、中学校に入って、青葉学園を知らない子達に話す時は、タイミングや話し方について多少戸惑いました。仲良くなってからは、友達が青葉学園に遊びに来たりもしていたので楽しかったですよ。

Q. 青葉学園ではどんな生活をしていましたか?
あおば館とわかば館は、部屋や食事の時間、それから行事も別々ですが、遊ぶ時間はみんな一緒です。大きい部屋だった頃は、私も小学生で幼かったし、年上のお姉さんを怖く感じた事もありました。でも、少人数制になってからは、年上のお姉さんと接する機会も増え、近くに感じて、上下関係みたいのは殆どなくなりましたね。 幼児さんが増えた事もあって、自然と上の子が下の子を見るようになってった気がします。昔よりは園の雰囲気も、やわらかくなったかもしれません。最近は一人部屋も作られたりして、中舎制から小舎制・グループホームに移行しているようです。 それから、学校でいうところの部活があったり、スポーツ大会があったり、ホーム毎で模擬店を出すお祭りがあったり、キャンプや海やテーマパークへ行ったりと、とにかく行事は多かったですね。 スポーツやレクリエーションで他の学園の子達や先生達との交流もたくさんありました。

Q. 学園を出られた時の事を教えてください。
高校を卒業した時に施設を出て、短大3年間は大学の寮に住んでいました。私は、普通科の高校に通ったんですが、高校側も青葉学園の事を知ってくれていたので、進路を決める時は、「保育士の資格が取れて学費が安い大学」を調べてもらうなど、先生方にも助けてもらいしました。 それから、中日新聞社さんから奨学金をいただきました。いくつかの奨学金に応募し、審査は通ったりするのですが、併用ができなかったので、中日新聞社さんからのみの奨学金と、薬局のバイトをして生計をたてていましたね。最初は一人暮らしをする事も考えましたが、学費の事、光熱費などの生活費の事、食事が用意されている事等を考えると、寮で良かったかなと思っています。

Q. 今のお仕事について教えてください。
保育園で保育士として働いています。今は主に乳児を担当しています。 実は、中学生の頃は青葉学園の先生になりたいと思ってました。偶然、わかば館にいた同級生も同じ事を考えていて、「二人で施設の先生になろう!」と色々調べて、保育士の資格を取ろうと決めました。ただ、施設の先生になる為には、運転免許が必須資格だったのですが、私は持っていなかったので、結局施設の先生にはなれなかったんです。でも今は、保育園での仕事にやりがいを感じているので、どうしても施設の先生になりたいという事はありませんね。

Q. 卒園後、学園や同級生との交流はありますか?
卒園して4年くらいになりますが、普段はそれぞれの生活があるので、同級生とは連絡を取り合うくらいです。でも、同窓会や卓球のOB戦などでは会った時はごはんを食べに行ったりします。 施設へは、妹が居る事もあって、ときどき遊びに行きますよ。居心地がよくて、ついつい長居してしまうんです。

Q. 当時を振り返って施設に望む事はありますか?
どうだろう。あまり無いのですが、今の子達は塾に行っているんですよね。私の時は塾に通うという事が無かったので、行きたかったですね。公文や家庭教師もありましたが、塾という集団で勉強する環境にあると、自分のレベルや自分の不足しているところが分かるので、勉強も進めやすいしだろうし、そこは羨ましいですね。 あとは、しいて言うなら施設の行事で撮った写真が貰えると嬉しかったですね。

Q. 施設の先生とのエピソードで、思い出に残っている事はありますか?
思い出に残っているのは、倉橋先生です。先生には、卓球部に入ることになった小学校3年生の時からずっとお世話になってます。私が施設を出る事になって、短大に通う事になった時にも偶然、短大の非常勤講師として、先生とお会いしました。とても不思議なご縁です。 それから、よく手紙のやり取りをしていた先生がいました。当時、施設の先生に相談とか話したい事があっても、他の子と話をしていて中々話せない場合が多かったので、そういう時はみんなが寝静まってから話したり、手紙を書いたりしていました。その先生が、青葉学園をお辞めになる時、名刺の裏にメッセージを書いてくれて、「『吐く』という字は『口』と『+(プラス)』『−(マイナス)』で出来ている。マイナスの言葉を言わなければ、口とプラスだけになって『叶う』になるよ」という事が書いてあったんです。今でもそのメッセージは自分の心の中に残っていて、頂いた名刺は財布の中に入れてあるんです。

Q. これからの夢や目標はありますか?
夢や目標と言う程大げさな事ではないのですが…。 保育士になろうと思ったきっかけの一つでもあるんですが、自分のやって欲しかった事をやってあげられる先生になりたいですね。施設の生活の中で「何で今声をかけてくれないんだろう」「こういう時に声をかけてくれたらいいのに」と思う事もありました。日常のささいな場面を見のがさないようにして、その子に合った「声かけをできる人」になりたいと思っています。

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