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施設レポート

第3回 中日青葉学園OB 佐藤かおりさん(40代)

Q.青葉学園での生活はいつからスタートしましたか?
乳児の頃から他の施設に入っていたのですが、小学校1年生になり中日青葉学園に入りました。それから中学校3年まで9年間お世話になりました。私がいた頃は、中学校を出ると施設を出ないといけなかったので、中学校を卒業して住み込みで働ける所に就職しました。 当時の施設は、親がいない養護が必要な子ども達が3割ぐらい。残りの7割は、家庭があっても何かしらの理由で学校に行けない子ども達でした。長期の休暇になると、家族がいる子ども達は、一時的に自宅に帰宅をします。その間残った子ども達だけで一つの部屋に集まったりするんですが、その時ばかりは普段、仲の悪い子ども同士も一緒に集まっていた覚えがあります。私は帰れる場所が欲しいなといつも思ってました。 当時は、今の施設の子ども達のように新しいお洋服などを買ってもらえるという事が少なくて、お古を着ている事もありました。一時帰宅し家庭から戻ってくると新しい洋服を買ってもらってる子もいて、うらやましかったのも覚えています。

Q.そのような中でうれしかった事はありますか?
正月に一時帰宅の子ども達が帰宅して、施設に残っていた時に1度だけお年玉をもらった事がありました。施設に残っている子ども達の数を確かめて、一人一人に対してお年玉袋を用意してくれた方がいたんですね。お金を頂いたから嬉しかったいうよりも、大勢に対してではなく、私だけに頂けたという事がとてもうれしかったんです。また、クリスマスの近くになるとクリスマスプレゼントとして、自分の好きなものを1個だけ買ってもらえました。自分の希望を出したものが翌日枕元に置いてあるので、とてもうれしかった覚えがあります。 今もあると思いますが、寄付や物品を頂いた場合にお礼の手紙を書いていたのですが、それに対してお返事の手紙をいただく事もありました。お返事が来ると掲示板に張り出されたりするんですね。その時に、手紙の内容を褒めてもらえた事がとても嬉しくって印象に残ってますね。

Q.印象に残っている先生はいますか?
少し年配の方で保険の先生をしていた山田さん(仮名)がとても印象に残ってますね。山田さんは施設の近くに住んでいたので、施設の子ども達を2、3人づつでお泊まりをさせてくれました。当時は施設の敷地内から出るという事がほとんど無かったので、外泊できることがとても嬉しかったです。また、施設ではパンがでる事がほとんど無かったのですが、パンが好きだった私が泊まりにいく時は、必ず朝食にパンを用意してくれてました。 その気配りや仕事としてではなくプライベートの時間も使って、愛情に飢えていた私たち一人一人に愛情を注いでくれいる事が子どもながらに分かって、山田さんに徐々に心を開いていき、知らないうちになんでも話ができるようになってました。 初めての出産の時にはとても不安だったのですが、その時もすごく力になって頂きました。 私たちの年代の子は、山田さんのおかげで今があると思っている人は、多いのではと思います。

Q.施設を出た後は、どのように過ごされたのですか?
15歳で施設を出て、住み込みで働きました。それまで、世間を全く知らない状況で、突然社会に出る事になってとても戸惑いました。住み込みは通いでないので、常に一緒に生活をしないといけません。きちんと住み込み先の人の人柄もみて、住み込み先を決めないといけないんです。私の住み込み先の家族は、お嬢さんを亡くされていて、生きていれば私と同じぐらいの年齢であった事もあって、本当の家族のように接してくれました。 それでも、当時はつらい事があると逃げ出した時もあったのですが、その都度いつも私を「頑張れ」と言って励ましてくれて、連れ戻してくれました。だから、その家族にはとても感謝してます。成人式のに日には着付けもやってもらいましたし、結婚する時には、家具を全部買ってもらいました。本当に感謝しています。

Q.ご結婚、ご出産を経験されて、佐藤さんにとって「家族」とは?
結婚とは、ただ単に好きな人と一緒になるという事だけでは無いんだなと気がつきました。旦那さんは理解がある方だったので、施設で育った事もすんなりと受け入れてくれたのですが、結婚式で、親戚となる人達に施設で育った事を話をした時は、ものすごく勇気がいりましたね。後で、施設で育ったことが分かって親族の方に色々言われるのはつらいという思いがありましたから事前に話をしたのですが、実際、あまりよく思っていなかった人もいたという話を間接的に耳にする事もありました。 でも、自分が悪いことをして施設にいれられていたわけでもないですし、自分が望んでそうしたわけでもないんです。たまたま親がいなかっただけなんですね。その育った環境を否定されるというのは、自分でもなんともできずに本当に辛かったですね。だから、自分の子どもには施設で過ごしている子が近くにいたら、必ずやさしくしてあげてねと伝えて育てました。色んな状況で入っている子が多いのだから、絶対にいじめてはいけないよと。 将来、私の子どもが結婚するとなった時に、また乗り越えなくてはいけない事が出てくると思います。結婚相手に親の事を調べられて結婚を反対されたりするかもしれません。多分普通の家庭の子どもよりは、苦労が多いと思うので、今から、そういう事にも負けないように強い精神力を養ってもらおうとスポーツをやらせています。

Q.今後、施設に望むことはありますか?
先生達も年々変わっていってしまうので、施設へ行きたくても年を重ねるごとになかなかいけなくなってしまうのは、少し残念ですね。同窓会があっても、昔お世話になっていた先生が誰もいないと話をできる人がいないので、自然と足が遠のいてしまいます。 もし知っている先生がいれば、自分が施設に行った時などに、気になる子どもをみかけたらその子の事を詳しく聞いてあげれるし、その子ともっと深く関わりを持つ事ができるのになと思います。知らない先生だと踏み込んだ話もしにくいですからね。 また、施設を出た子ども達が先生になったり、ボランティアなどで働いてくれる人が増えるといいなと思います。同じような境遇で経験した人でしか分からない事ってたくさんあると思うんですね。そういう先生やボランティアの方が増えれば、色んな視点から子ども達の気持ちを理解してあげれるのでいい環境が築けると思います。

Q.今後、どのように施設と関わっていかれますか?
私たちの頃は、節約中心でおやつなども少なかった気がするので、物が欲しいと思ってる子が多かった気がします。でも今の子供たちは、物質的には恵まれているのかもしれませんが、愛情に飢えている子が多いのではと思います。だから自分と同じように両親がいない子ども達には、自分がして欲しかった事をしてあげたいなという気持ちが強いですね。 例えば運動会などで、一緒ににご飯を食べてあげたり、一時帰宅する時だったら1泊ぐらいうちに泊めてあげたいなと思います。ちょっとした事でもうれしいんですよね。 他にも、自分が経験した事をもっと施設の子ども達に教えてあげたいですね。施設にいるときは、施設の人達がみんなで守ってくれるけど、社会に出ると自分だけで生きて行かなければならないし、常に判断をしていかなくてはいけない。例えば、おつきあいをする人に、いつ施設にいた事を話するのかなど、普通の子よりも考えて行動しなくてはいけない事が絶対多いと思うんです。 そんな時に、自分の経験した事を話してあげて相談にのってあげる事で、参考にしてもらえたらいいなと思います。

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